Chưa phân loại – JASMA https://jasma.org Wed, 27 Dec 2023 08:37:45 +0000 en-US hourly 1 https://wordpress.org/?v=6.7 https://jasma.org/wp-content/uploads/2024/01/png-clipart-steering-wheel-steering-wheel-removebg-preview-150x150.png Chưa phân loại – JASMA https://jasma.org 32 32 「好きなのに乗っていいよ!」「じゃあ、フィアット8Vで!」博物館の貴重なクルマを極東のジャーナリストに預ける懐の深さよ【クルマ昔噺】 https://jasma.org/%e3%80%8c%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%ab%e4%b9%97%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%84%e3%82%88%ef%bc%81%e3%80%8d%e3%80%8c%e3%81%98%e3%82%83%e3%81%82%e3%80%81%e3%83%95%e3%82%a3%e3%82%a2-4.html Sun, 26 Nov 2023 13:20:31 +0000 https://jasma.org/%e3%80%8c%e5%a5%bd%e3%81%8d%e3%81%aa%e3%81%ae%e3%81%ab%e4%b9%97%e3%81%a3%e3%81%a6%e3%81%84%e3%81%84%e3%82%88%ef%bc%81%e3%80%8d%e3%80%8c%e3%81%98%e3%82%83%e3%81%82%e3%80%81%e3%83%95%e3%82%a3%e3%82%a2-4.html 博物館のクルマを日本のいちジャーナリストに預けてしまう懐の深さを痛感
モータージャーナリストの中村孝仁氏が綴る昔話を今に伝える連載。第13回目はチェントロ・ストリコ・フィアットで、出会ったフィアット「8V」を振り返ってもらいました。

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貴重な8Vに試乗することができた

モータージャーナリストになって初の大仕事と言えるのが、当時のカースタイリング出版から刊行した世界の自動車博物館シリーズである。僅か3冊を出版して打ち止めになってしまったのは残念だったが、自分自身にとっても今となっては貴重な資料となっている。実は出版に至らなかった博物館もたくさんある。その一つがチェントロ・ストリコ・フィアットというフィアットの博物館だ。

ここを訪れたのは1979年だったように記憶する。取材のため事前にアポを取っていたから、撮影やインタビューなど実にスムーズであった。はじめのうちはわざわざホテルまでの送迎付き。そのクルマが何と当時の130クーペだったから、大喜びであった。2日目以降は131ディーゼルを貸してもらったから、休みの時などは遠出もした。

取材の最後に当時の館長から思わぬ提案があった。

「どれでも好きなクルマに乗せてあげるから言いなさい」と。

そんな素敵なオファーを受けないはずもなく、返す言葉で「それならメフィストフェレスに乗せてください」と頼んでみた。すると、「いや、あれはダメだ。あれは仮ナンバーが取れないから、仮ナンバーの取れるクルマにしてくれ」とのこと。

そこでお願いしたのがフィアット8Vであった。すると館長は「わかった。他には?」と。

今度はこちらが「?」

えっ? 他にも乗っていいの?? という感じであった。そこで今度は「じゃあ、アバルト124スパイダーでお願いします」と頼んだ。というわけでフィアットの博物館で思いがけず、2台の貴重なクルマに乗ることになったわけである。

フィアット8Vは戦後のフィアットにとって、かなり挑戦的なプロジェクトだったように感じる。当初はアメリカ人に受けるクルマを作ろうとしたようだが、それはセダンであった。そしてその開発の任を受けたのがダンテ・ジアコーザ。戦前にフィアットに入社し、トポリーノに始まり、当時のフィアットの中核をなすクルマを次々と作り上げた名エンジニアである。

しかも彼はメカニズムの設計にとどまらず、ボディデザインまでしてしまうところが凄いところで、フィアット1400などはその代表格。そしてその1400こそ、フィアット初のモノコック構造を持ったフラッシュサーフェスのモダンなクルマであり、それがアメリカ人に受けるクルマとして本来V8エンジンを搭載してアメリカに輸出されるはずのクルマであった。

しかし、出来上がったのは1.4Lの4気筒エンジンを搭載するミッドサイズセダンであった。とはいえ、V8エンジン搭載のプロジェクトが死に絶えたわけではなく、ダンテ・ジアコーザが設計したタイプ104と呼ばれたV8エンジンとタイプ106と呼ばれたシャシーは、フェラーリやマセラティに挑戦すべく、異なるプロジェクトとしてスタート。こうして完成したのが8Vだったのである。

中低速トルクがない8Vに手こずりながらも……

8Vとなった車名の由来は元来ストレートにV8と行きたかったところ、そのネーミングは当時フォードによって登録されていて使えなかったため、ひっくり返したといわれる。そしてフィアットらしいといえばフィアットらしく、排気量は小さく2Lに収めた。V8のアングルは70度、ウェーバーのツインチョークキャブを2基搭載し、初期型のパワーは105hpだったという。

博物館にあったのはどうやらこの仕様のようだった。合計114台(しか作られていない)が生産され、そのうち34台がフィアットのスペシャルボディ・デパートメントによるもので、デザインは当時フィアットのデザインディレクターだった、ファビオ・ルイジ・ラピによるもの。30台がザガートによって架装され、他にもヴィニャーレやギアなども異なるデザインのボディに仮装している

さて、このクルマ、「明日博物館の前に置いておくから」と言われ、翌日行ってみると本当に正面玄関の前に駐車されていた。同じくアバルト124スパイダーもである。そして手始めにというか最初に乗ったのがこのクルマだった。

行先はトリノヴァレンティノ公園。流石に古いクルマだし、博物館の展示車だしということで恐る恐るのドライブだったのだが、隣に乗るある意味お目付け役のイタリアンがとにかく飛ばせという。

バレンティノ公園までは結構な山坂があるから必然的に引っ張る必要があるのだが、如何せん2LのV8は中低速トルクがまるでない。だから早めのシフトアップではすぐにエンジンがぐずり始める。それを知っていて隣のイタリアンは「presto! presto!」と連発するのである。まあ意味としては「飛ばせ!」である。

挙句の果てにはシフトアップしようとする僕の右手を抑えにかかったりしていたので、やはり回転は上げないと駄目だったようだ。結局5000rpmあたりまで上げると調子よく走っていた。

実はこのクルマ、フィアットの公式な博物館のサイトを見たら、2012年にミレミリアを走っていてその時ドライブしたのはなんと、当時のFCA会長、ジョン・エルカン氏だったという。彼よりも先にこのクルマに乗れたというわけで、博物館のクルマを日本のいちジャーナリストに預けてしまう懐の深さを痛感したという次第である。

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ランボルギーニ「カウンタック」が破格の1125万円! 中身は399ccのエンジンを搭載した「キッズカー」でした https://jasma.org/%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%9c%e3%83%ab%e3%82%ae%e3%83%bc%e3%83%8b%e3%80%8c%e3%82%ab%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%83%e3%82%af%e3%80%8d%e3%81%8c%e7%a0%b4%e6%a0%bc%e3%81%ae1125%e4%b8%87%e5%86%86-2.html Sun, 26 Nov 2023 13:19:26 +0000 https://jasma.org/%e3%83%a9%e3%83%b3%e3%83%9c%e3%83%ab%e3%82%ae%e3%83%bc%e3%83%8b%e3%80%8c%e3%82%ab%e3%82%a6%e3%83%b3%e3%82%bf%e3%83%83%e3%82%af%e3%80%8d%e3%81%8c%e7%a0%b4%e6%a0%bc%e3%81%ae1125%e4%b8%87%e5%86%86-2.html 子どものためにつくられたクンタッチ、でも落札価格は・・・・・・
もともとは子どものために製作・販売されながらも、生粋の自動車愛好家の鑑識眼にも耐えうるように作り込まれた「ジュニアカー」が、れっきとしたコレクターズアイテムとして認知されて久しい。2023年11月4日、RMサザビーズ欧州本社がその本拠地であるロンドンの古城「マールボロ・ハウス」で行ったオークション、その名も「LONDON 2023」では、約40年前にランボルギーニ クンタッチ(カウンタック)を忠実に縮小するかたちで製作された、一台のジュニアカーが出品された。

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アゴスティーニ社は1980年代から90年代にかけて、ポルシェ911カレラ カブリオレやフェラーリ308GTS、あるいはフェラーリ テスタロッサなどのスーパーカーをモデルとし、約2/3サイズのジュニアカーとして開発。それぞれのメーカーとライセンス契約を結んだうえで販売していた。

その中でも代表作といわれるのが、クンタッチのジュニアカー。大人でも乗りこむことができるよう、オープンルーフとされるのがデフォルトだったようだが、そのほかにも子供限定ないしはガレージに展示するコレクターのために、ごく少数ながらクローズドルーフ版も製作されたという。

この出品車は、超レアとされる後者。アメリカの芝刈り機とその原動機のメーカー「ブリッグス&ストラットン(Briggs & Stratton)」社製の399cc・11psエンジンが搭載され、リバースギヤも組み込んだ2速オートマチックトランスミッションが組み合わされている。

また「リボルバー」ないしは「テレフォンダイヤル」と呼ばれるランボルギーニ純正のスタイルを正しく模した10インチのアロイホイールをはじめ、機能するヘッドライトとテールランプ+ウインカー、油圧式のブレーキ、独立サスペンション、MOMO社製ステアリングホイール、ホーン、そしてシートベルトにいたるまで、可能な限り本物のクンタッチに近づけているのだ。

クンタッチの人気はテスタロッサの3倍以上・・・・・・?

1995年、5歳の誕生日プレゼントとして現オーナーに贈られたとされる、このアゴスティーニ社製クンタッチ・ジュニアカーは、2023年9月に2000ポンドを超える費用をかけたレストアを経て、再就役したばかりとの由。その修復作業には、漆黒のボディをポリッシュしたほか、クリーム色のインテリアのディテールアップ。アロイホイールの改修にオイル交換、バッテリー、燃料ライン、燃料フィルター、スパークプラグの新品交換などが含まれていたとのことである。

RMサザビーズ欧州本社は、「このアゴスティーニ カウンタック ジュニアは、ランボルギーニの最もアイコニックなモデルの1台の走行可能なミニチュアを手に入れる素晴らしい機会を提供しています」という触れ込みを添え、10000ポンド~20000ポンドというエスティメートを設定する。

また、出品者サイドの望まない安価で落札されてしまうリスクもあるいっぽうで、会場の競争意識や購買意欲がヒートアップすることにより、あっという間に価格の跳ねあがる可能性もある「Offered Without Reserve」。すなわち、最低落札価格を設定しない競売形式とした。

ところが11月4日のオークションでは、おそらくは出品者ご自身も予期しえなかったであろう60000ポンド。日本円に換算すれば約1125万円という、エスティメート上限の3倍に及ぶ驚くべき価格で落札されるに至ったのだ。

蛇足ながら、アゴスティーニ・アウト社が1980年代に市販したテスタロッサ ジュニアカーは、2022年に日本の某人気お宝鑑定TV番組にも出品。その希少性と出来の良さを称えられるとともに、300万円という鑑定結果を受けている。

いっぽう、3倍以上の価格で落札されたこのクンタッチ ジュニアカーは、希少なクローズドルーフ仕様であることにくわえて、レストアから数カ月しか経ていないコンディションの良さなど、個体としてのアドバンテージがあったという可能性もある。

でも、それ以前にまずは本物の世界でも、ランボルギーニ クンタッチのほうがフェラーリ テスタロッサよりもアイコニックな存在であることを示しているかにも感じられてしまったのである。

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NAPAC第7回総会が開催、新会長に中嶋敬一郎氏が就任「三事業部がひとつになって横断型の施策に取り組みます」 https://jasma.org/napac%e7%ac%ac7%e5%9b%9e%e7%b7%8f%e4%bc%9a%e3%81%8c%e9%96%8b%e5%82%ac%e3%80%81%e6%96%b0%e4%bc%9a%e9%95%b7%e3%81%ab%e4%b8%ad%e5%b6%8b%e6%95%ac%e4%b8%80%e9%83%8e%e6%b0%8f%e3%81%8c%e5%b0%b1%e4%bb%bb.html Sat, 25 Nov 2023 16:20:14 +0000 https://jasma.org/napac%e7%ac%ac7%e5%9b%9e%e7%b7%8f%e4%bc%9a%e3%81%8c%e9%96%8b%e5%82%ac%e3%80%81%e6%96%b0%e4%bc%9a%e9%95%b7%e3%81%ab%e4%b8%ad%e5%b6%8b%e6%95%ac%e4%b8%80%e9%83%8e%e6%b0%8f%e3%81%8c%e5%b0%b1%e4%bb%bb.html NAPAC会長に株式会社共豊コーポレーション代表取締役中嶋敬一郎氏が就任
2023年10月24日、NAPAC(一般社団法人日本自動車用品・部品アフターマーケット振興会)の第7期総会が東京のグランドプリンスホテル高輪で開催された。当総会では、4年間の会長任期を終えた高瀬嶺生氏の後任に中嶋敬一郎氏の就任が発表、新体制でのスタートとなった。AMWでは新会長並びに各事業部の新正副事業部長などのキーマンに、今後の抱負を語っていただいたので、ご紹介しよう。

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業界全体、そしてNAPACをとにかく活性化したい、そのために会員の全員参加型にしたいと思っています。当然、NAPAC会員の全員は参加は理想ですが、少しでもNAPACの活動に興味を持って参加してほしいですね。そのために準備をこちら側がしていかなければならないと思うので、もう少し横にネットワークを広げて行きたいと思います。

これからは、ひとつだけのカテゴリーでやっていくのは限界がきていると思いますので、いろんなところとの協力をしながら、販路を広げていく、タイミングを見ていくというのをやっていければなと思っています。

今後NAPACの目指すところは、三事業部がひとつになって、横のつながりが生まれ、そこからいろんなものを発信できるようになることです。今まではそれぞれの企業がそれぞれで単独で頑張ってきた経緯があります。それももちろん必要なことですが、それ以上にNAPACとしてもいろんなチャンスやフィールドを与えたり、発信できればなと考えています。今回新たにできた3つの委員会は、この横断型の施策を行うためのものです。

NAPAC理事 ASEA事業副部長 萩原正志氏

ASEAでは長年基準委員長としてやらせていただいています。ASEA独自の認定基準を作ることで、この基準に合わせて時代にあった製品を作っていくわけです。

JAWAやJASMAだと単一の商品で、国が定めた基準があります。しかしASEAの場合はアイテムも多くて、そういう法縛りの線引きというのも違うアイテムが多いものですから、ASEAの独自の基準を作って、それを会員の皆さんに有効利用していただくことをこれまで推進してきました。

 

 

これをASEA事業部では継続をしているのですが、時代によって求める基準といったものも変わってくるので、今年は見直しをかけようという話をしております。NAPACで3事業部になりましたので、ASEAですと用品の色が強いのですが、JAWAやJASMAにも加わってもらい、もっと広い領域でタッグを組んでやっていければと思っています。

たとえばNAPACがスーパー耐久24時間の冠をやっています。24時間ですと、通常の3時間、5時間のレースとは違って、キャンプを楽しみながら、家族で観戦に来るという、これまでと違った層が非常に多いのに驚いています。

われわれエンドレスアドバンスとしてS耐に出ていますが、今まではプライベーターやいろんなレース屋さんが集まって、ドライバーもアマチュア中心で、チューニングの一環の延長線上にこのレースがありました。しかし、ここのところ自動車メーカーといったところも参戦してきて、スーパー耐久の立ち位置も多少変わってきてました。メーカーと絡んでやっていくことで、今までにはないものがつながっていくんじゃないかと思っています。

その先にはもちろんASEA基準がやはり有効に使えていくんじゃないかと思っています。ASEAの認定基準の製品が、トヨタのワンメイクレース、GR86/BRZの方にも積極的に公認パーツとなっていますが、もっとそういうのが広がっていけばいいなと思っております。

NAPAC副会長 JAWA事業部長 田中知加氏

課題がたくさんありすぎて山積みだと思います。激動のというか、会長も仰っていたようにずっと続く変化の波に、押し寄せてくる波に耐え切らなければならないというか。耐久力を持った会にならなければならないというのが命題だと思っています。

今までは自助努力だけで、一企業でうまく回せていました。それをみんなの力を合わせて互助精神というか相互の力で、このアフターマーケットというものを大切に育てていかなければならない。全員参画で行けたらいいなと、漠然としたイメージですけど今は考えています。

何も新しいことをしなくても、力を寄せ合わせることでできることがたくさんあると思っています。そんなに難しいことではありません、簡単なことからできることがたくさんあると思います。

今回からスタートしたドレスアップイベント委員会、大役ですよね。まだメンバーも決めていないので、イメージだけですが、横串を刺して、JAWA、ASEA、JASMA各事業部会員社の中からメンバーを募って編成したいと思っているんです。

それこそS耐24時間の冠スポンサーをNAPACがやっておりますけれども、そこにはなかなかドレスアップの匂いがない、今のところ。クルマを楽しむというのはスポーツやレースだけではなくて、いわゆるドレスアップも含まれます。それこそ普段乗っている乗り物としてでも楽しむことができる。そこの部分をどういうふうに表現できるのかというのが、ドレスアップイベント委員会の命題だと思っています。

そのドレスアップですが、ヤンチャのドレスアップだけがドレスアップじゃなくて、ちょっとしたドレスアップ、いわゆるライトカスタムユーザーの開拓はまだ残っています。そこが会長が仰っていた違う団体だとか違う業界だとかとの協力ということになります。

クルマはスキーに行くのにも乗るし、ゴルフに行くのも乗るし、釣りに行くのにも乗ります。なのですが、そのイベントに我々はこれまで出向いていませんでした。そこに一社だけで行ってもなかなかしんどい。それを業界として参加することに意義があるのではなかろうかと考えています。なので具体的にはフィッシングショーとかキャンプとかペットとか、クルマにすごく親和性が高いところに、ライフスタイルとしてクルマを楽しむという要素を伝えられたらなと思っています。

NAPAC理事 JAWA事業副部長 石津克也氏

抽象的ですけど、まだまだNAPACやJAWAという名前が世間に浸透していません。私たちが所属しているのはJAWA事業部=ホイールなんですけど、NAPACやJAWAという名前がもっと世間に認知されるようにしていけるよう、微力ながら頑張ろうと思っています。

具体的には、いまラジオだとかでCMをやっているじゃないですか、企画で。それをもう少し違った媒体、たとえばSNSだとか、もうちょっと広く世間に認知してもらえる媒体で広げていければなと思っています。

 

 

NAPAC副会長 JASMA事業部長 鈴木高之氏

まずは、JASMAがNAPACに合流して一年、事業として正式に立ち上がって役員に人が入るのは今回からです。今年から「改めて」というなかで、マフラーは色々規制がかかるところなので、役所や官公庁と情報交換をしながら、会員や市場に間違ってはいない正しい情報を出していくというのが役目だと感じています。それと、マフラーを販売している方が、ASEA、JAWA両事業部にもいらっしゃいますので、そちらでマフラーを扱っている人たちに対しても、正しいものはこういうものだよ、ということをどんどん発信していきたいと思っています。

EVに世の中が切り替わってしまうと、内燃機関はどうなるのだろうとよく話題になります。内燃機関を搭載したクルマが好きな人たちを相手にして、私たちは商売しております。今ある内燃機関があと何年持つのか、今の旧車ブームではないですけど、30年40年、大切にクルマを乗り継いでいただける方がいらっしゃれば、私たちは「純正がなくなってますよ、交換用マフラーがありませんよ」という時に、そうした人たちが困らないようにするのが役目ではないかと思っています。100年後のことはわからないですけれども、30年40年先まではしっかりマフラーを作っていきたいなと思っています

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